今年も永遠への思いをのせて14.Aug.2008

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今年も一年間の出会いを偲びそして続けていくために川で見送りました。 http://aaaneuropsych.com/executive-dating-service-phoenix-cf/

今年は町中の鴨川は条例が厳しくなり花火などの火を使うことが厳しくなり、、、鴨川を上流へと足を運び、、貴船神社の奥の小さな沢で燃やしました。 http://yahara.com/yala/when-was-carbon-dating-invented-sq/

 

 

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木々の谷間にたなびく煙たち

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祇園祭200815.Jul.2008

今年は家族が増えての祇園祭。

小さな命を預かるってことは、、いろいろ考えさせられます。

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先日見たTV番組にて28.May.2008

先日、「人生が変わる1分間の深イイ話」という番組を見ていました。

その中に。冒険家がパートナーの愛犬といつも一緒に冒険をしている話があり、その愛犬が亡くなった後に何かを作ったという話でした。 http://dinonyanebushlodge.co.za/al/how-to-write-online-dating-profile-tn5

何を作ったかというと、愛犬の毛皮でベストを作ったということでした。その冒険家はこのベストを着ていまでも一緒に冒険をしているということです。冒険家なりの愛犬に対する究極の表現だとおっしゃってました。

この話を聞いた時に、思い出したことがありました。

世界のこのようないろいろな表現を調べていた時にあった話です。

狩猟民族はパートナーの愛犬が亡くなった時に、その犬の肉体や毛皮は、食べたり、衣服にして身に付けていたそうです。

狩猟民族(文明からかけ離れて生活している民族や、太古の共に生活している民族)は、衣食住そして命を共に生活してるパートナーの愛犬(狩猟に欠かせない存在)が不慮の事故や寿命で亡くなった時その肉体は、残されたパートナー(人間)が利用したそうです。肉などは食し、毛皮や歯や骨などは着飾ったり、道具にしたりとしたようです。 http://bdgtv.com/dating-ariane-cheats-jt0z/

この話を知ったときは、ごく自然な人間の行動だなと思いました。

現代の文明社会の中での、人間の価値観や動物と人間の関わり合いでは、行われにくい行動ですが、、、環境によって形などが多少違うだけで本能的に行われる行動なのだとあらためて感じました。

そして、ふと思ったことが、、、

この冒険家も、もしくは愛犬の肉体の一部は食したのではないかと、、、

このことを公に語ると、、「変人」というより、、「おかしい人」と周囲の見方がさらに増すので、、語っていないだけなのではと思いました。

究極の表現であるようですが、、ごく自然で、当たり前の表現のようにも思います。

ちなみに番組ではパネラー全てが「いい話」と満点の評価でした。

文明社会の既成概念や法律にコントロールされている現代人には、とても変わった行動に映るかもしれなく、それがあたりまえに思わることと思います。

現代人が当たり前に思われている既成概念を疑って深く考えてみれば、違った角度が見えてくるかもしれませんね。

法律という秩序に反していなければ、心の表現は自由であるということだと思いました。

今回は愛犬(動物)と人間の関係がクローズアップされましたが、、、

人間も動物と考えると、、、

人間(動物)と人間の関係も同じではないか思いました。 sex picture games online

人は周囲の意見や考え方を意識してしまいがちですが、、、表現は自由であるのでしょう。十人十色、千差万別ってことでしょうか。 casual sex in korea

愛することは、、あたたかく深くいい話であることなのでしょう。

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大文字の火床に護摩木とともに19.Aug.2007

8月16日

先日、河原で燃した髪や微細なお骨の粉の灰の一部を大文字の火床の大の字のてっぺんに護摩木とともに持ってのぼりました。

今年のお盆は、、いろいろと思いを馳せる充実な日々でした。

15日には親戚のおばあちゃんの告別式のお手伝いをしていました。

実家はまだまだ古いしきたりが残っていて隣組制度がありお葬式の準備などを業者に丸投げせず地近所の人が準備する習慣が残ってます。その隣組でもあったので裏方でいろいろお手伝いを夫婦でしました。隣組の助け合い制度も、家族(遺族)も近所の人に時間をわざわざ作ってもらって手伝ってもらってることに気をつかって気楽ではありませんが、、、そのつながりが地域のつながりや縁を深めていくんだな~と改めて感じました。昨今は葬儀も業者に丸投げで滞りなく行われ、地域や家族のつながりも稀薄になってしまう現状もあらためてかんじました。

もうすぐで100歳の誕生日を目前に旅だったおばあちゃん、僕が小さい時(20年くらい前)にしかよく顔を合わせていなかったですが、、そのときもおばあちゃんでした。

時間お流れや縁のつながりなどいろいろと思いを巡らせて京都市内を大文字の火床からながめていました。妻が臨月のため、一緒に登れませんでしたが、下で待っててもらい降りてきたあとに高台寺墓苑の妻の実家の墓参りも二人で散歩がてら行ってきました。

夜は河原で燃した場所で携帯のワンセグでNHKの送り火中継をみながら送り火を眺めました。

いろいろと充実したお盆らしいお盆でした。

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一年間の思いをのせて、、、14.Aug.2007

 

8月14日

今年も、この1年間の出会いの欠片が煙にのせ天空に上っていきました。この一年も大切な人との多くの思い出と出会い一緒に表現できたことに感謝です。

大文字の見える鴨川のほとりで行いました。うっすらと虹もでていて天空に架かかる橋のようでした。

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祇園祭り宵々山15.Jul.2007

夜ご飯がてらにぶらぶらしてきました。

お祭りの夜店ってわくわくして何歳になっても楽しいものです。

占出山でちまきを買ってかえりました。

写真は船鉾です。

神功皇后の説話によって鉾全体を船の形にしていて巡行のとき鉾の上には神功皇后と三神象を祀っています。宵山の期間中安産の腹帯、安産のお守りを授与されます。

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金閣寺13.Feb.2007

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京都に住んでいながら、一度も金閣寺に行ったことがなかった。

昨日は外での用事があったので、外出していました。

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用事が終わって、、このまま帰るのも何となくもったいない陽気だったので、、ふと金閣寺に行ってみようと思い立ち、寄り道をしちゃいました。初めて生で見る金閣寺。さすが本物の金箔だけあって美しい輝きでした。 http://nayducicekcilik.com/fnp-st-wolfgang-web-cam

国を問わず人間が古代から黄金の美しさに惹かれ、飾り立ててきた美しさを感じました。

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なぜかその輝きに見とれてしまう。。。

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身近に侘び寂びを感じる6.Jan.2007

アトリエの部屋から見える坪庭の木に一輪の赤い椿が咲きました。建物の影に入って一番日の光がの当たらない場所の花がどのつぼみよりも先に咲きました。他のつぼみはまだ咲きそうな気配もない中まっさきに鮮やかな色を見せてくれました。

この椿の花がぽとりと落ちた時、他の椿が咲き乱れるのかな、、、

冬に咲く影に輝く鮮やかな赤い儚い命、誰よりも先に咲き「侘び寂び」を心に伝えてくれました。

去年は一斉に咲いたので、花の回りに蜂などの昆虫がむらがり、受粉を繰り返し新しい命へとつなぐのだが、、、

こいつは他の花が咲くまでがんばるのだろうか、、、

その頃に昆虫は来てくれるだろうか、、、

それとも自然の流れに逆い、僕が自ら手を下し綿棒などで受粉をするべきなんだろうか、、、この木の花からか、、それとも他の木の花からか、、、と

ちょっとお節介な心配をしてしまう今日この頃でもありました。

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亥年に護王神社5.Jan.2007

今年の初詣は、護王神社に行ってきました。

小さな神社ですが、、今年は大勢の人が訪れていました。

狛犬ならぬ狛亥、なぜならここは猪が祀り神となっているからです。

烏丸通りをはさんで御所のすぐ横にある神社です。

毎年どこの神社に初詣に行くか迷うですが、、妻が亥年生まれということもあり亥にまつわるところに行ってきました。

恒例ながらおみくじをひき、夫婦そろって十八番(吉)ということでした。

TV番組の星座干支血液占いでは138位と134位とこちらも近い位置だったので今年は夫婦そろって猪突猛進で突き進んでいきたいと思います。

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師走なんですね〜4.Dec.2006

もう12月、、はやいはやい。あっという間にもうお正月、う~ん時間が欲しい~。

昨日は、オープンミーティングで久しぶりに、現代美術作家としていろいろ話し合ってきました、、結局結論などはでないのですが、、でも面白く奥の深~いことがたまらなかったです。

作家の純粋さを理解する人も入れば理解せず利用しようとする人も存在するように、、、、、

展覧会を構成する部分に人間関係の政治的部分が絡んだりすると、趣旨やコンセプトがぼやけたりとして面白くなくなってしまったりするように、、なぜ、、社会が絡むと純粋に目の前のテーマを簡潔に表現できなくなるのでしょうか?

現代美術の表現は、時代の2歩も3歩も前をいっている事が多いです、そしてなかなか理解されず、、、広告などにもネタを利用されている事も多々あります。以外と保護されていない才能の宝庫ですね。

不器用ながらも、納得のいく良い作品を作るためには

やっぱり作家としてわががままに純粋に作品を作り続ける環境を守り続けたいなと思います。

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